母さんがいちばんよく知っているはずです。

子どもが反抗的になる

赤ちゃんが生まれてからすっかりできなくなった絵本の読み聞かせも再開しました。
パに赤ちゃんを見てもらっている間に、駅前のドーナッツ屋さんで真央ちゃんと二人、緒のデートを楽しんだりもしました。
パ内何より効果的であったのは、真央ちゃんの成長アルバムめくり。誕生の写真から始まって、沐浴シーン.おっぱいを飲んでいるところ、泣いている真央ちゃんを抱いているお母さん、口の周りをベタベタにして食べている離乳食、初めての一歩。どの写真を見ても真央ちゃんが家族の愛情をいっぱい受けて育ったことが一目瞭然。アルバムをめくりながら「真央ちゃんが無事生まれてきてくれて、お母さんは本当に嬉しかったのよ」など、絵本を読むようにお話をしながらページをめくっていくのです。
子育てについてもひとつの正解のない時代です。
子どもの内面的な運動を意味

  • 子供もやってみようと思うのです。
  • 中学一抜けたかなという感じになっている。
  • 中学校高等

子供社会とのかかわりを避ける現代どうも現代の日本

赤ちゃんばっかり可愛がって……とふてくされていた真央ちゃんの心のなかにも、お母さんの温かい気持ちが射し込んでいったのです。
もくよくいちもくりょうぜんお母さんの気持ちが通じて、りました。
真央ちゃんはその後すっかり面倒見のよいお姉ちゃんにな
言葉の大切さを忘れてはいませんか?
子どもに伝える難しさきれい11歳九カ月の枝里子ちゃんは、お母さんと買い物に行く途中で、綺麗な花壇を見つけました。ガーデニングを楽しむ人々が増えて、庭先や家の前にまで、色とりどりの花を見ることができます。お母さんがちょっと目を離したすきに、枝里子ちゃんはさんの家のプランターから、チューリップを一本もぎ取ってしまいました。

子どもの内面的な運動を意味

子供がどんどんわたってゆく。

お母さんはわが子の行動に、一瞬、言葉を失いました。でもすぐに、よその家の花を勝手に取ってはいけませんと枝里子ちゃんを叱りました。そして枝里子ちゃんを連れてTさんの家へお詫びに行ったのです。
かれん数日後、枝里子ちゃん一家が郊外へ出かけたときのこと、野原一面には可憐なシロツメクサが咲いています。お母さんが枝里子ちゃんに花の冠を作ろうと、シロツメクサを摘み始めたとき、枝里子ちゃんはお母さんに尋ねます。
このお花は取ってもいいの?-枝里子ちゃんは、先日のチューリップを取って叱られたことを思いだしたのです。お母さんはしばらく考えてから、こう答えました。
「この間のチューリップは、Tさんが大事に育てたお花だから、絶対に取ってはいけないけれど、これは誰のものでもないから、少しだけならいいのよ」
母親としての適性を実感

教育という名こそついていないがこれまで受け

誰のものでもなければいいの?
。説明しているお母さんも、これで枝里子ちゃんが納得するかどうか自信はありませんでしたお母さんは少し考えて、「お花には名前が書いてないから、すぐに誰のものかわからないよね。だから、原っぱでお花を摘みたいときは、ママに聞いてね。そのときママが摘んでもいい場所だとわかったら、OKって教えてあげる」
うん、わかった少し前まで、どこにでもあった原っぱや空き地はあまり見かけなくなってしまいました。草花で花の冠や首飾りを作って遊ぶことも、なかなか難しいご時世です。

子どもたちにスキンシップは本当に効果があるのか。

せめて郊外に出たときは、たくさん自然に触れさせてあげたいと願うのですが、子どもの目から見ると、野原の草木もプランターの花も同じです。
最近では、心ない登山者による乱獲で、貴重な高山植物の絶滅を危ぶむというニュースも耳にします。野生のものなら摘んでもよい、とは簡単には言えません。
子どもに説明するのは、苦心することも多いことでしょう。ダメと一言で済ませるのは手早い方法ですが、純粋な心を持つ子どもだからこそ、なぜいけないのか、どうしてなのかをきちんと説明することが、大切なことなのではないでしょうか。
自分の気持ちを言葉で伝える四歳の達哉君は昆虫が大好きです。今年の夏は昆虫採集に明け暮れました。セミやカミキリムシ、オオカマキリ、コカマキリ、ミヤマアカネ、ギンヤンマ、捕まえてきては図鑑を手にそれぞれの名前を調べますみつゼミはねぇ、このストローで蜜を吸うんだよ。
そっくり!だからセミは木の蜜を吸えるんだよ
耳をすませます。
ほら、ここで
わぁ本当、
へえー、そうなのストロ夜寝る前には、ねぇ、ねぇ、聞こえる?
母さんがいちばんよく知っているはずです。

両親以外の家族といえば
両親以外の家族といえば

母さんもやってみたいナー

えっ、何が?

リリリリーノリー
ン、リリリーンって鳴いてるよ。あの声はアオマツムシかな?
つのまにかすっかり詳しくなっているのです。
スズムシかな?
達哉君のように子どもは、好きなもの、知りたいと思うことには興味を示し、名前や特徴をどんどん覚えていきます。その一つ一つの発見を、知っている言葉を駆使して、身近な大人たちに一生懸命に説明することもあるでしょう。
子どもが自分で考え、言葉にして伝える。それが大人に認めてもらえたとき、子どもの心には嬉しさと共に、もっと知りたいという意欲が芽生えます。そんなとき大人は子どもの発見や感動を上手に共感しながら受け止めてあげる、すると子どもは、興味の幅をさらに広げていくことができるのです。