教育していいのかを迷っていた時代です。

子どもとの間に葛藤や軋轢を生じさせる場合によって

子どもを叱る率
そうするなかで、子どもに
自分にも力はあるけれど、何でも思い通りにできるわけではないんだということを理解させていくと、言葉でのやりとりができるようになる頃には、むやみやたらとわがままな自己主張をするとは少なくなっていくものです。
このように、一、二歳児のやだやだは多かれ少なかれ誰にもあるといってよいのですが、問題は言葉で自己主張できる年齢になっても、いつでも何でも言うことをきかない子の場合です。

先生もまだお若いから…
ただの駄々っ子
優君はもう五歳だというのに全然言うことをきいてくれないと、お母さんは頭を抱えています。朝ごはんにチーズトーストを出したら、ジャムパンじゃなきゃやだ!ジャムパンにしてよぉ。何も食べないで幼稚園に送り出すわけにもいかないので、お母さんはしようがないわねぇと言いながら、ジャムトーストを差し出します。買い物に行けば、これ買ってぇ今日は買わない約束だったでしょと言うと、これ買うの!絶対買うんだから-とお菓子を握りしめてわめきます。お母さんは恥ずかしくなって、今日だけだからねと結局買ってしまいます。

経験という

夜は夜で、もう少し、もう少しと布団に入らず、電気を消して親も布団に入るとようやくあきらめて寝ます。何かといえば、やだ、泣く暴れる。さすがに幼稚園ではもっときき分けよくしているみたいですが..優君の場合は、自立的なのではなく、ただの駄々っ子です。これは、赤ちゃん時代から、お母さんが優君の涙に負けて要求をきき入れすぎてきたからにほかなりません。泣いて騒げば思い通りになる、お母さんの言うことはきかなくていいのだと、彼は思っているのです。赤ちゃんの要求はできるだけきいてあげましょうという甘やかし育児が横行するなかで、こういう、親を甘く見て言うことをきかない子が増えています。
母親がつくる言うことをきかない子
sさんの子どもは小学校五年生と三年生。もう自分の身の回りのことはできていいはずなのに、いつも繰り返し繰り返し言わないとやりません。手を洗ってから食べなさい
忘れ物がないか確かめてハンカチ持った?靴をそろえなさいテレビは宿題終わってからでしょもっとさがって見なさい……同じことを四、五回言ってやっと動き出すという感じ。そんな毎日にSさんも嫌気がさしているのですが、一度言ったくらいじゃきかないんだから。母親としては放っておくわけにもいかないしと、来る日も来る日も口を出し続けています。

教育はふつう児にも言われなければならないことです母のことも認めよううにはなりたくない。一度言ったくらいじゃきかないのは、実はsさんが同じことを何度もしつこく言っているためです。お母さんは一度しか言ってくれない、一度言われたことはやらないと自分が困るのだという体験をしていれば、子どもは自ずと自分で考えて行動するようになるものです。きく必要のあるときには、一度できちんときくはずですおの「また、お母さんが何か言ってる。まあ、いいや、テレビ見てからやろう」
うるさいなあ、どっちでもいいことを毎日よく飽きもせず言ってるよ﹂
忘れ物したって、どうせ持つてきてもらえばいいんだしの結果にほかなりません。
子どもたちがこんなふうに思うのは、お母さんの子育てはい、皆さん!と先生の声は教室に響きましたが、注目している子どもは半数もいません。入学式を終えたばかり、四月の小学校1年生の教室。一昔前なら、緊張してそわそわしている子はいても、先生の言葉を聞きもらすまいという空気が感じられたものですが最近は様子が違います。

大学受験に付き添う親の姿も目につく。

近くの席の子とおしゃべりしている子もいれば、窓の外を眺めている子、真新しい筆箱をいじっている子、それを横からじっと見ている子……とさまざまではありますが、先生の声はどこ吹く風かとでもいうように聞き流している子の、なんと多いことでしょう今や、学校の先生たちは生徒の目と耳をひきつけるために、あの手この手と工夫を凝らすのが大変です。刺激的な娯楽に囲まれ、学校で習う知識は先取りしている今の子どもたちに関心を持たせる授業をするには、一筋縄ではいかなぃでしょう。しかも、この頃の子どもたちは上述したように先生の話に耳を傾けないのです。これでは授業がうまくいかな
いのも無理はありません。
大人が何を言っても聞き流すこうした子どもたちも、私たちが育ててきたものです。

小学校もこのごろは大半が女

反抗したり暴れたりするわけではないので目立ちませんが、コミュニケーションを拒否しているともいえる態度です。大人の言うことなんて聞くに値しない。こうした子どもの姿は、実ははっきり反抗するよりずっと根深い問題を抱えているのです。
ちゃんと話のできる親子に思春期になって言うことをきかないというのは、ある程度必然的部分があります。
子どもは親とぶつかり、揺るがない壁は壁として認識し、越えるべきところは乗り越えていくことなしに、大人になることができないからです。そのとき、親が何を受け入れ、何を拒絶するかは大問題です。
たばこ親に無断でピアスの穴を開ける、学校帰りに禁止されている寄り道をする、煙草を吸っ。

      子どもたちにしなければならない
      子どもはおまけを集めるため
      母親の私もついい


母のことも認めよううにはなりたくない。 子どもの問題の輪郭がっかめるというものです。 子どもがいざ