子どもの問題の輪郭がっかめるというものです。

学校をどうするかではない。

しかし、それは必ずしも男だけが悪いとは私は思いません。そうしてしまったのは、ひとえに女の甘やかしの結果でもあるのですしかし、みんながそうする中で、一人の女だけが、一切の気を利かせることを拒否するというのはずいぶんと勇気がいりましょう。これこそは、徹底的に名誉ある孤立を己に課さなくてはならぬことです。さて、そこで家庭の教育の鼎の軽重が問われるのです家の中で女の子を育てる時に、女の子なんだからお行儀よくしなさい女の子なんだからお台所の手伝いくらいしなさいと、そういう愚かなる教育をするものではありません。男女の区別なく、そういうことは教育しないといけないのです。ところがそんな単純なことが分かっていない親が多くて、男の子は元気に外で遊んでこい、なんていうのは割合と誰でも言いそうです。しかし、こういう何気ない言い方こそ、もっとも有害なのだということに、みなさんぜひ思いを致してください。そういうところから変えていかないと、世の中はちっともよくなりません。
子どもの話題で一番多いのが流行のことだ。

経験の貴重な一部私の相談室


子どもの役割でした。

>子どもに問題がある家庭の教育こそが、そこでの徹底的な平等の刷り込みこそが、すべてを変革する黄金の鍵であることに気づいてくださいまだまだ大きな問題はいくつもありますたとえば、アメリカの著名なフェミニストのナオミ·ウルフが指摘するのは美の陰謀という差別の方法であります。
つまり、女の社会進出によって安泰であった男の既得権益が侵されそうになった時、男
たちは何を考えついたか。
それが女は美しくあらねばならない
というプロパガンダである、というのです男たちは、すべてのジャーナリズムを総動員して、女は美しくありたい動物である
化粧は女の命だとか、そういうことを刷り込みにかかりました。


子どもも気持ちが楽になり回復も早いものなのです。

学校に修身の時間があって

学校でよくこうして、女は男にくらべて何倍も美しくあれという抑圧を受ける。汚い格好なんかしていても、男だったら、あの人は身の回りのことに構わない人だからというふうに積極的に評価されもする。しかし、同じように、女が構わない格好をしていたら、あの人は女を捨ててるからねえなんてことを言って爪弾きをされる。どんな実力があり、どんな性格であり、どんな感受性があるか、そんな内面のことは一切ノーカウントでただただ外見が美しいかどうかが女の価値であるかのように喧伝する。このために、どれほどの女が、必要以上のダイエットに身を削り、過剰な化粧品服飾品への投資に苦しい思いをし、そのかげで自分の内面を磨くことを諦めてしまったことでしょうか私は、ウルフの解くところはじつにもっともだと思います。
子供たちも自分の現状を報告しない。

勉強をして卓見だと言ってよい。
しかし、ウルフがなんと言おうと、リンボウがどれほど教訓しようと、ジャーナリズムの嵐のような喧伝の前にはまことに無力であって、若い娘たちはすっかりこの悪質な美の陰謀に乗せられてしまっています。ほら、どうですか、日々わが身を飾ることばかりに夢中になっている、女子高生、女子大生、OLたち、そうではありませんかやつそんなことに憂き身を窶していても、やがて若さゆえの美貌が衰えた時、くことでありましょう。自分は今までなんと空虚なことをしてきたのか……ハッと気がっだから言うのです。若いうちから外見はどうでもよい、ひたすらに、切実に、真摯に中身を充実させよと。そうするように努力しなかったら、気がついた時には取り返しがつかないんだよと、私は百万回ほど言っているのですが、耳を傾ける若い女はほとんど居ないに等しい。まことに悲しむべき状況ですこんなこともまた、子どもの頃から、きっちり刷り込んでいかないと、ういう抑圧を受けてしまってからでは、多く取り返しがつきません。
一度外部からそまして、母親が先立ちになって、服装や化粧ばかりに意を用いているようであれば、もその後に続くことが避けられません娘私の凄は、幸いなことに、日常一切化粧をしません。パーマなどもかけません。じつに地味な格好をして、平気で暮らしています。そうすると、世間の化粧品会社の宣伝に反して、おどろくほど若々しい容姿を保っています。


母さんとは関係ない

中年になって、あのべとべととファウンデーションなどを塗りたくって化粧する人ほど、オバサンくさくなっていくということを、私は特に指摘しておきたいと思いますもっとも、妻は長年専業主婦であったし、その間家事などにかまけて、何か特別の技能を磨いたりしなかったために、今まで自己実現ということにおいては必ずしも十全を得なかった。そこで、その反省に立って、自分の娘にはどうしても自己実現的な人生を歩んでもらいたいと思って育ててきたのでした今、娘が勇気をもって自己実現への道、言い換えれば、自立へのイバラの道を歩み出したのは、もちろん私一人の功績でなく、半ばは凄の働きであったと思います。
その意味で夫婦の間に、いつもおしゃべりがあって、子育ての方針について、常時コンセンサスが取れていて、迷うことなく独自のやり方を実践できたことは、まことに幸いでありました。
子育ては人生経験を豊かにする
妻はもともと理数系の頭脳を持ち、計数に明るい。独身の時は富士銀行本店の外国為替部に勤めていました。
大学は理科系を出て

先生達の口ぐせのようなことば遣いつ

練習を嫌う傾向が強いようです。もちろんそのまま勤めていてもよかったのですが、当時の風潮として、結婚したら専業主婦になるものと思い込んでいたので、さっさと寿退社をしてしまいました。今になって考えれば、惜しいことをしたと思いますが、まあまあ結果としてはよかったんじゃないか、と私たちは話しています。
もっとも、銀行という就職先は、彼女が行きたくて主体に選んだというよりは、堅い仕事だからというので親が勧めたのであったと思います。当時、一流銀行に勤めることは嫁入り道具の一つ、ステータスでもあったわけですからそういうふうにして結婚して、めでたく二人の子どもにも恵まれた妻の自己実現は、その子どもたちを立派に育てることでした。