先生から直接言われてびっくりしたものです。

子どもたちの進度に追いつくのが大変でした。

このタイプのお母さんには、子どもの要求をつっぱねると嫌われるのではないか、もがぐれるのではないかという気持ちが、心の底に潜んでいます。
子どちょくちょく職場に電話をする亮君をさんが諫めないのも、私が家にいなくて寂しい思いをさせたら、悪いことをするのではないか、買い与えないと万引きでもするようになるのではないかと、心配をしてしまうのです。
けれどそんな心配をするより、どうやったら子どもが欲望を抑えることができるか、ということをしつけるほうが大切なのです。子どもの欲望を抑えないで、欲しがるままに与えていったら、欲望は際限なく膨らみ、要求もエスカレートしていくのです子どものわがままには取り合わないここに出てくるお母さんたちは、誰も子どもの要求をよいものとは思っていません。
葉遣い、食べ物の好き嫌い、やたら物をねだる、どれもいけないとわかっていながら、言子子どものほうも親の弱点を知って、そこを突いてきます。
母親のお乳を吸いにくる赤ちゃん

初めにいけないと言ったのに、あとから子どもに言い負かされる形でよし
とす
大人なんてちょろいることが繰り返されれば、
お母さんなんてちょろいもの、ものと、大人をなめる子に育ちやすいものですさらに子どもの話に耳を傾けるというのと、子どものわがままに耳を傾けるというのは違いま子どもが言っていることが正当な要求ではなく、わがままであると判断した場合はダメなものはダメときっぱり態度で示し、話は早々に切り上げ、相手にしないことです。
流されママと活発すぎる子ところかまわず我が道を行くデパートの子ども服売り場を駆け抜けていく男の子。お父さんが追いかける。お母さんの声も追いかける。でも、健君は振り返りも止まりもしない。おとなしい友だち親子の姿を見て「いいねぇなっちゃんは手をつないでくれて。健はベビーカーに乗せてないと、どこへ行くかわからないんだから」と健君のお母さん。
健君のお父さんも連れ立っていたので、母親同士ゆっくり話せるだろうという望みははかなく消えました。

大学へすべり込むしかしこういうことが方々の付属


体験が身について天地から心の糧を得て

子どもの遊び場で遊び始めたと思ったらまもなく、健君は裸足のまま隣のおもちゃ売り場のなかに消えてしまいました。お父さんが捜しに行きます。遊び場へ連れ戻しても、健君はまたすぐにどこかへ。そう、お父さんがいてくれなければ、健君のお母さんは三分と座っていられなかったでしょう。
はだし一歳前後の赤ちゃんならともかく、大人の言っていることを理解できるはずの年齢です。
どうして、健君は大人の言うことを
きかないのでしょう。
健君が生後半年の頃、お母さんは手のかからない、育てやすい子みたいと言っていました。お腹がいっぱいになればおとなしいし、話しかけると笑い返してくれて可愛い。
順調に発達していると言われるし、身体も丈夫そう。
体験の自信をつけさせようと思って

母が自分の気持がわかってくれたらと思う。

家事は同居のおばぁちゃんがほとんどやってくれるから、時間的にもとてもラク。授乳時間以外は、一人でちょっと出かけることもできる。子どもと二人きりでストレスをためこんでいる母親たちからすればうらやましい話でしたが、このラクが実は苦のタネになっていったのでした。
と言っていたお母さんでしたが、しばらくは、悩むようなことは何もない
るとどんどん大変になってきました。
1歳を過ぎ僕は王様お父さんのいない昼間も健君の周りには、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんの三人の大人がいて、世話をやいてきたのです。


勉強し直せばいい。

子どもをなじったりけなしたりして

もともと
赤ちゃんは安心させてあげなくちゃ、泣いたらすぐに応じてあげなければと強く思っていた健君のお母さん。
忙しければ自然と赤ちゃんを待たせる場合もでてくるものですが、食事のしたくもしないですむ生活ですから、いつでも要求に応えてあげられます。しかも夫の両親の手前、子どもを泣かせておいてまでほかのことを続けるのは気が引けるのです。なんでも手伝ってくれるのだし、仮に自分が行かなくてもおばあちゃんかおじいちゃんが飛んでくるでしょ最初の一年間で、三人の大人に面倒をみてもらい続けた健君は、どころか、大人は何でも自分の言うことをきいてくれるものだと、まったのです。
子育てについてもひとつの正解のない時代です。

母つまり自分


母乳語によるのである。

大人の言うことをきくすっかり思い込んでし多くの場合、子どもが1歳になる頃から、祖父母の甘やかしは本格化してきます。甘いものをやればうれしそうな顔をするし、よちよち歩きでなついてくる。目に入れても痛くないとはよく言いますが、孫というのは無条件に可愛いらしく、喜ばせたい慕われたいという気持ちから、ついつい甘くなってしまうのです。
年に二、三回会うだけなら、大目に見ても問題になりませんが、に預けたりする場合には、そうはいきません。
同居していたり、頻繁育児の主導権はあくまでもその子の両親。親の決めたルールをおじいちゃん、おばあちゃんにも理解してもらい、1貫した対応をするよう協力してもらわなければなりません。
ところが三世代同居の場合、この原則が崩れてきます。
健君のお母さんはどちらかというと受け身で協調性を大事にするタイプ。自分がしっかり主導権を握らなければとは考えず、

  • 教育界の現状を反映しています。
  • 母親が何も言わなくて
  • 子どもが死にたいという気持ちになる